北限のカラマツ (ザオウカラマツ)

北限のカラマツが意味するもの ―最終氷期最寒冷期のカラマツ属球果について―   (吉川昌伸(2016)を一部抜粋・改変)

 カラマツは,日本の固有種で,主に本州中部山岳地域に分布し、北限は本州中部から飛び離れて蔵王山系の馬ノ神岳(宮城県)の標高1540m付近にある(図)。馬ノ神のカラマツは1992年に発見され、当時は30個体が生存していたが1995年には12個体までに減少している(星・古本2004)。北限の馬ノ神カラマツ(ザオウカラマツ)と本州中部のカラマツ(ニホンカラマツ)の球果形態は異なり、種鱗(鱗片)数がニホンカラマツは39~61に対しザオウカラマツは28~39枚と少ない(矢野,1994)。また、サハリンなどに分布しているグイマツの種鱗数は18~25(清水1996)とされている。ザオウカラマツは、種鱗数が少ないことや最終氷期最寒冷期には東北地方においてカラマツとグイマツの分布が交錯していたと推測されることから、これらが交雑した可能性が示唆されていた(矢野1994)。しかし、ザオウカラマツは、DNAの塩基配列からグイマツとは異なり本州中部のニホンカラマツと一致しており、ニホンカラマツとの遺伝的分化が進んでいることが明らかにされ、外部形態的にもニホンカラマツと大きく異なるためニホンカラマツの変種としての分類が妥当としている(白石ほか1996)。

 最終氷期最寒冷期には、仙台市富沢遺跡からザオウカラマツに近似した球果が出土しており、東北地方南部にはグイマツとニホンカラマツ、ザオウカラマツの3種が分布していた可能性が高い。ニホンカラマツとグイマツの球果は種鱗数と種鱗縁の反り返りの有無で区別できる。しかし、ザオウカラマツとグイマツの球果を比較すると、ザオウカラマツの種鱗数は28~39枚と少なく種鱗がほとんど反り返らないこと(矢野1994)、グイマツにも種鱗がわずかに反り返る個体があることから、形態変異が重なりすべての球果化石を識別することは難しい。富沢遺跡では、グイマツに同定された球果の他にザオウカラマツに近似した球果が出土しており、2種類のカラマツ属が分布していた可能性が推測されている(鈴木1992)。また、ザオウカラマツの存在はニホンカラマツと異なった分類群が現在まで残存した遺存種である可能性も指摘されている(矢野1994)。十和田八戸テフラ直下から産出したカラマツ属は、球果鱗片数が30~36枚、鱗片先端が低く凹み、反り返らないことによりグイマツとされているが(那須ほか2002)、これら特徴はザオウカラマツの球果の形態(矢野1994)と重なる。さらにグイマツやニホンカラマツとは異なりザオウカラマツに近似した球果が更新世前期末あるいは中期初頭から産出しており(Suzuki1985)、最終氷期以前に存在していた可能性がある。一方、鳥海山の約1.4~1.1万年前の泥炭層から産出したカラマツ属木材は、福島県以北でカラマツが確認されていないこと、富沢遺跡などでグイマツが産出していることを根拠にグイマツとしている(吉田ほか2014)。しかし、北海道では温暖化に伴ってグイマツが山の高い方へ避難した形跡は認められないことから(小野・五十嵐1991)、鳥海山から産出した木材はザオウカラマツの可能性も否定できない。カラマツ属の球果の再検討により、ザオウカラマツがどのように地史的に分布してきたかがみえてくるであろう。

引用文献
星 光憲・古本 良.2004.北限のカラマツの多様性の保全.「材木遺伝資源情報」独立行政法人森林育種センター遺伝資源部編、36
那須浩郎・百原 新・沖津 進.2002.十和田八戸テフラ直下の埋没林から復元した晩氷期におけるトウヒ属バラモミ節,トドマツ,グイマツの分布立地.第四紀研究41:109-122
小野有五・五十嵐八枝子.1991.北海道の自然史―氷期の森林を旅する―.219頁、札幌、北海道大学図書刊行会
清水健美.1996.カラマツ.「週刊朝日百科 植物の世界」128:243-245
白石 進・磯田圭哉・渡辺敦史・河崎久男.1996.蔵王山系馬ノ神岳に生存するカラマツのDNA分類学的解析.日林誌78:175-182
Suzuki, K. 1985 Larix remains from Pleistocene strata of northeast Japan, with special reference to the distribution of Larix in the latter half of the Last Glacial Age. Trans.Proc.Palaeont.Soc.Japan,N.S., 137:66-74
鈴木敬治.1992.大型植物化石.「富沢遺跡‐第30次調査報告書第Ⅱ分冊‐」:244-273、仙台市、仙台市教育委員会
矢野牧夫.1994.日本列島北限「カラマツ」球果の変異とその古植物学的意味.第四紀研究33:95-105
吉田明弘・佐々木明彦・大山幹成・箱崎真隆・伊藤晶文.2014.晩氷期の鳥海山における植生復元およびグイマツの立地環境.植生史研究23:21-26  

(吉川昌伸.2016.更新世末から完新世初頭の東北日本の植生史. 旧石器研究第12号:1-12)

    グイマツ              ザオウカラマツ

亜高山と亜寒帯針葉樹の現在の分布