クリとシイ属、オニガシ属花粉の識別について
クリ属とシイ属、オニガシ属花粉は、走査型電子顕微鏡の観察に基づき外壁表面の手鞠状に交叉したしわ状紋の糸の太さの違いにより区別が可能である(三好,1981;三好ほか,2011)。さらに、シイ属のスダジイとツブラシイの表面模様の糸は手鞠状に交叉するような鮮明なしわ状紋からなり、その糸の太さで2種を区別できる(Miyoshi,1983;三好ほか2011)。各種の糸の太さは、クリ0.1-0.2μm、オニガシ属約0.4μm、スダジイ約0.3μm、ツブラジイ約0.1μmである(三好,1981;Miyoshi,1983:前処理のカルノア液固定により収縮している)。一方で、三好ほか(2011)は光学顕微鏡では区別しにくいことがあるとしているが、ツブラジイは細い糸が数本束状になっているため光学顕微鏡では集合した糸として観察されるためクリとシイ属は主に外壁表面の模様により区別できる。
各研究者のクリとシイ属、オニカシ属花粉の大きさの範囲を示した(図1)。研究者により標本の大きさが異なり、それが識別の可能性の有無が分かれる要因と推測される。各研究者の処理方法は、KOH(島倉(1973)は記載なし)、アセトリシス法、グリセリンゼリー封入(封入手順は不明)とほぼ同じである。著者はアセトリシス法の混液処理の後に氷酢酸やKOH処理は行わない。封入剤はカイザーグリセリン・ゼラチンを使用している。各標本の大きさは、著者に比べ片岡・守田(1999)はかなり小さく、島倉(1973)はクリとマテバシイの範囲はかなり重なっているもののツブラジイは小さい。研究者により大きさが異なるため、微細な外壁表面の模様の見え方が異なり違った認識になることが推測される。
花粉は処理法と封入法により大きさが変化することが知られており(Faegri & Iversen,1989;中村,1967など)、外壁表面の模様が微細なクリやシイ属は生物顕微鏡の対物レンズの分解能に近いため、よりサイズの大きい標本が観察に有利である。したがって、封入剤は膨潤するが収縮しないグリセリンゼリーが有効で、永久保存が可能なシリコンオイルはアルコール脱水により収縮するため適さない。光学顕微鏡では、シイ属とオニガシ属は糸状の模様が比較的鮮明であるが、クリは糸状模様の幅が小さいため構造が薄くシイ属に比べ不明瞭である。さらに極軸長と模様の粗さの関係、外壁断面の外表層の粗さも含め検討するため、片岡・守田(1999)のような小さなサイズの標本やシリコンオイル封入標本では識別することはかなり難しく、化石においても同じようなサイズであれば識別できる可能性は低い。なお、オニガシ属の表面模様が不鮮明な花粉についてはクリと区別し難い。
クリ属とシイ属、オニガシ属花粉は、イネ科花粉の表面模様(中村,1977)と同様に微細な模様を区別するため、常に現生標本の比較検討による識別基準の調節は必須である。一方で、走査型電子顕微鏡ではクリとシイ属のツブラジイ、スダジイは外壁表面の模様により識別できるが、同定が一部の花粉に留まるため出現率の低い分類群の評価は難しい。したがって、光学顕微鏡による同定をクリ-シイ属でまとめるのではなく、識別できる花粉化石は区別しそれ以外をクリ属/シイ属にする方が望ましい。
ところで、オニガシ属の果実や木材化石の遺跡からの出土例は少なく(石田ほか(2016)など)、三好ほか(2011)は走査型電子顕微鏡の観察に基づき、西日本の花粉分析で産出する化石花粉はシイ属タイプばかりでオニガシ属タイプが産出しないとしており、オニガシ属が縄文時代に日本列島に自然分布していた可能性は低い。
引用文献
Faegri, K & Iversen, J. 1989. Textbook of Pollen Analysis, 4th edition
(revised by Faegri, K., Kaland, P.E. & Krzywinski, K.). 328pp. John
Wiley & Sons, Chichester.
片岡裕子・守田益宗.1999.日本産シイ属・マテバシイ属・クリ属花粉の粒径について.岡山理科大学自然植物園研究報告3:15-18.
石田糸絵・工藤雄一郎・百原新.2016.日本の遺跡出土大型植物遺体データベース.植生史研究 24 : 18-24.
三好教夫.1981.シイノキ属,マテバシイ属,クリ属(ブナ科)の花粉形態.Hikobi Suppl. 1:381-386.
Miyoshi,N. 1983.Pollen morphology of the genus Castanopsis (Fagaceae) in
Japan. Grana 22:19-21.
三好教夫・藤木利之・木村裕子.2011.日本産花粉図鑑.824pp.北海道大学出版会
中村 純.1967.花粉分析.213pp.古今書院.
中村 純.1977.稲作とイネ花粉.考古学と自然科学10:21-30.
島倉巳三郎.1973.日本植物の花粉形態.大阪市立自然科学博物館収蔵資料目録第5集:60pp. Plate 120pp.
